※本記事は、FinTech Observerによって公開されたYouTube動画 Strategizing Bitcoin Adoption in Japan: Challenges and Opportunities の文字起こし&編集版です。
WebX2025のビットコイン・パネル「日本のビットコイン普及戦略を考える課題と可能性」では、日本のビットコイン普及がなぜ進まないのか、そして何を変えればいいのかが、かなり率直に議論されました。
モデレーターは Diamond Hands の東 晃慈氏。
パネリストは、ゲーム、上場企業、電力・マイニングと、それぞれまったく違う現場を持つ3名です。
- クリスチャン・モス氏(ZBD)
- 川合 林太郎氏(ANAPホールディングス/Fulgar Ventures)
- 立岩 健二氏(アジャイルエナジーX)
それぞれの現場から見える「日本のビットコイン普及のリアル」と「突破口」を整理していきます。
1. パネリストのバックグラウンド
クリスチャン・モス氏(ZBD)
2013年ごろから「ゲーム × ビットコイン」に取り組んできた開発者。2019年にZBDを立ち上げ、ゲーム開発者が世界中のプレイヤーにビットコインや法定通貨を送れる仕組みを提供しています。
彼のミッションはシンプルです。
「誰でも、普段遊んでいるゲームやアプリの中で、当たり前にビットコインを使えるようにすること」
川合 林太郎氏(ANAPホールディングス / Fulgar Ventures)
長らくITセキュリティ(アンチウイルス)の世界で働いた後、海外取引所 Bitfinex の日本展開に関わり、現在は ANAP ホールディングスに所属。
同時に、ビットコイン/ライトニング関連スタートアップに投資する「Fulgar Ventures」の日本法人代表も務めています。
「自分は“ガチのビットコイナー”というより、少し外側から広い視点で見ている立場」
というスタンスで、日本市場を観察しています。
立岩 健二氏(アジャイルエナジーX)
大学では原子力を専攻し、1996年に東京電力へ入社。原子力エンジニアとしてのキャリアを歩み、福島第一原発の廃炉や海外原子力事業などを経験。
2018年、再エネの出力制御とビットコインマイニングを結びつけるビジネスアイデアを提案し、4年かけて「アジャイルエナジーX」を設立しました。
「大量の電気を無駄に消費すると批判されていたマイニングマシンと、捨てられていた再生可能エネルギーを組み合わせたら、新しいビジネスになるのではないか」
この発想が、現在の事業の出発点です。
2. 日本のビットコイン普及は“なぜここまで遅れているのか”
規制とビジネス感覚のギャップ(川合氏の視点)
まず川合氏は、「規制」と「ビジネスの捉え方」のギャップを指摘します。Bitfinex日本法人の立ち上げで金融庁などと向き合った経験から、こう語ります。
「グローバルスタンダードをそのまま日本に持ち込んでビジネスをやるのは、ほぼ不可能だと痛感した」
ポイントは2つです。
- 海外では取引所は“ビジネス”として扱われている
- 日本では「まず規制を作ってから、ビジネスを考える」という順番になりがち
「日本は“まだ何も始まっていない段階”から規制を作るのが好き。海外ではまず動かしながら、実務の中でルールを整えていく。ここの違いは大きい」
結果として、ビットコインを含めた多くのクリプトビジネスが日本市場を“ガラパゴス化”させられている、と。
ビットコインだけ規制が厳しく、他アルトが野放しだった時期(クリス氏の視点)
イギリス出身のクリス氏は、日本に住んでいた頃を振り返りながらこう話します。
「日本では昔、ビットコインだけ妙に規制が厳しくて、他のクリプトはそこまで厳しくなかった時期があった」
その結果として、
- ビットコイン以外の「なんとなくクリプト」系サービスが広がりやすかった
- 海外から来たビットコイン関連サービスは、日本向けにUX・UIを変えないと使われない
- 規制と文化の組み合わせで、“ガラパゴス効果”が起きている
と指摘します。
コミュニティの“宗教的”イメージと参入ハードル(立岩氏の視点)
立岩氏が面白い指摘をしたのは、「ビットコインコミュニティのイメージ」です。
「エネルギーとマイニングの可能性に気づいてからも、正直、ビットコインコミュニティには近づかないでおこうと思っていた」
理由はこうです。
- “ビットコイン・マキシマリスト”が原理主義者のように語られている
- 少しでも思想からズレると「ひどい目に遭う」といった噂があった
- オーディナルズなど“純粋ビットコイン論”から外れると村八分になるような印象があった
昨年の「Bitcoin Tokyo 2024」で東氏から声をかけられ、「信頼できる人の紹介だったので思い切って飛び込んだら、ちゃんとした良いコミュニティだった」と振り返りますが、外から見れば“ちょっと怖い世界”に見えていた、という本音が出ました。
Web3全体は「ふわふわしている」と見られがちで、その中でビットコインだけが「硬くて宗教っぽい(川合氏)」という印象になっている――これも普及を阻害する1つの要因だ、と。
3. 言語の壁と「仮想通貨」という日本語の呪縛
川合氏は、ITセキュリティ時代の経験を引き合いに「日本語の壁」の特殊性を掘り下げます。
日本語は“防御壁”にもなれば“情報遮断”にもなる
2010年前後、世界中でマルウェアやサイバー攻撃が猛威を振るっていた頃、日本では「被害が少ない国」とされていました。
その理由の1つが、日本語です。
- 海外の攻撃者は、日本語で巧妙なメールを書くことが難しかった
- 英語メール=怪しい、という感覚が強く、日本人はそもそも開かない
- 結果的に、日本語が“防御壁”として働いていた
しかし今は、AI翻訳の進化で「完璧な日本語メール」が大量に作れる時代になり、日本もサイバー攻撃の脅威にフルにさらされています。
この構図を、そのままビットコインに重ねます。
「日本語の情報にしかアクセスしない、という傾向が強い。英語で議論されている本質的な議題やユースケースに、日本人が触れにくいままになっている」
「仮想通貨」という言葉が生んだ“怪しさ”
さらに、決定的だったのが「仮想通貨」という訳語です。
「バーチャルな通貨と言われたら、怪しく聞こえるに決まっている。実体がない、根拠がない、というイメージを日本語自体が作ってしまった」
- 言葉の選択が、国民の第一印象を決めてしまった
- その後どれだけ「ビットコインはこうだ」と説明しても、最初の負のイメージが消えにくい
この「言語とラベリング」の問題は、日本独特の重さを持っているといえます。
4. 決済インフラが生む“見えない需要”とビットコイン
ここから川合氏は、「決済の検閲」と「グレーマーケット」の話に踏み込みます。
クレジットカードが“検閲ポイント”になっている
マンガ配信サイト、ゲーム、アダルトコンテンツなど、表現が政治的・倫理的に問題視されやすい領域では、こんなことが起きています。
- 作品にクレームが来る
- サイト運営者ではなく、「決済事業者」に圧力がかかる
- VisaやMastercardが「このサイトでは決済させるな」と言い出す
- 結果として、その表現自体が“市場から締め出される”
「作者や配信サイトが直接怒られるのではなく、クレジットカード会社に“あそこで決済させるな”という圧がかかる」
これは、いわば「決済を通じた検閲」です。オンラインカジノ、成人向けコンテンツ、暴力的表現など、グレー〜ブラックとされる領域ではすでに、
- クレジットカード決済が使えない
- 銀行送金も使えない
- 最終的にステーブルコインやビットコインが“残された手段”として使われている
という現実が、世界では起きています。
日本ではなぜあまり聞かないのか?
日本では、オンラインカジノなどでビットコインが使われている話をあまり聞きません。その理由を、川合氏はこう読みます。
- ユーザーも事業者も「ビットコインという選択肢自体を知らない」
- コンビニのプリペイドカードなど、既存の代替手段でなんとか回っている
- 事業者側も「ビットコインを導入したらどう変わるか」に気づいていない
「DMMやFANZAのような大手でライトニング決済を導入すれば、クレジットカードを使いたくない1,000万人規模のユーザーを一気に獲得できるはず」
ただし現状は、
- 大手はプリペイドカードである程度対応できてしまう
- その下の中小規模事業者はコンビニ流通に乗せられないが、ビットコインにもまだ手を伸ばしていない
という中途半端な状態にあります。
5. エネルギー問題とビットコインマイニング:地方創生のリアルな例
立岩氏のパートでは、「地方自治体 × マイニング」という具体的な事例が紹介されました。
「怪しい」を一気に超えたのは“新聞の小さな記事”
アジャイルエナジーXが立ち上がった後、読売新聞に小さな記事が掲載されました。
そこには、
「どんな田舎でも、エネルギーさえあれば、ビットコインマイニングで地方創生ができる」
と書かれていたそうです。それを切り抜いて東京電力に連絡してきたのが、埼玉県三郷町の町長。
- 「この会社の話をぜひ聞きたい」と東電に問い合わせ
- そこから三郷町での連携が始まる
- 北海道・豊富町など、他の自治体にもつながっていった
興味深いのは、自治体側の反応です。
「ビットコインやマイニングはよく分からないが、東京電力の子会社なら詐欺ではないだろう。町のためになるなら、やってみよう」
つまり、
- 大企業の信用(東電の子会社)
- 既存メディア(紙の新聞)
この2つを経由することで、「ビットコイン=怪しい」の壁を一気に越えられた、というわけです。
社内の抵抗をどう超えたのか
もちろん、社内には強い反発もありました。
「東京電力がビットコインを扱う子会社を作ったら、世の中から袋叩きにされるのではないか」
という声が、会社設立前からずっとあったといいます。それを乗り越えられた理由は、目的の置き方でした。
- ビットコインでボロ儲けするのが目的ではない
- 捨てられている再生可能エネルギーをマネタイズするための“手段”としてビットコインマイニングを使う
- エネルギー問題の解決と地方創生のツールとして位置づけた
「“目的はエネルギー問題の解決。ビットコインマイニングはそのための手段”という整理にしたことで、社内の理解も得られた」
家庭でも「マイニングに触れてみる」ためのデバイス
立岩氏は、ステージ上に小型マイニングマシン(Bitaxe)を持ち込み、こう説明します。
- モバイルバッテリーとモバイルWi-Fiに接続
- リアルタイムでビットコインを“掘っている”様子が見える
- 儲けにはならないが、「電気がビットコインに変わる」感覚を体験できる
「各家庭でこうした小さな装置を動かしてみると、ビットコインマイニングとは何か、ビットコインとは何かを、手触りを持って理解しやすくなる」
B2B・大規模マイニングだけでなく、「家庭での教育的なマイニング体験」が普及の一助になる、という提案です。
6. ゲームと“副業”としてのビットコイン:ZBDの観測
ゲーム側からの視点も、かなり示唆的です。
「ビットコイン色を出しすぎるとユーザーが逃げる」
クリス氏は、自社のデータをもとにこんな話をします。
- ゲーム内で「ビットコインだけ」を報酬にすると、プレイヤーが減る
- 「詐欺っぽい」「危なそう」という印象を持って離脱する人が一定数いる
- 一方、「ギフトカード + ビットコイン」のように選択肢を用意すると、プレイは継続されやすい
「ビットコインだけを前面に出すと敬遠される。“ギフトカードも選べるし、ビットコインもある”くらいの方が、ユーザーの反応は良い」
これは、日本でもほぼ確実に同じ傾向が出るだろう、という見立てです。
南米では「親より稼ぐ子ども」も出てきた
ZBDのゲームでは、プレイによってビットコインが得られる仕組みがあります。
- 例えば、Minecraftサーバー内でアイテムを作り、それを他のプレイヤーに売る
- 場合によっては、子どもが親よりも稼ぐケースも出てきた
- 特にアルゼンチンなど通貨が弱い国では、ゲーム収入が生活を支えるレベルになることもある
「子どもや、南米のプレイヤーが、ゲームの中でアメリカ人にアイテムを売ってビットコインを稼ぐ。そういう事例が実際に起きている」
広告収益の観点からも、日本は有利です。
- 日本人プレイヤーがゲーム内広告を見た場合、開発者に50円程度の収益が出るケースもある
- 同じ広告でも、インド人プレイヤーだと1円程度にしかならないことが多い
- 日本円が相対的に弱くなっている今、日本人が「ビットコインを稼ぐ側」に回るチャンスがある
「日本語ローカライズさえ進めば、日本人プレイヤーもゲームを通じてそれなりの額のビットコインを稼げる余地は大きい」
高齢者や年金世代もゲームでビットコインに触れ始めている
興味深いのは、「おじいちゃん・おばあちゃん」がビットコインゲームを始めている、という話です。
- 年金だけでは生活が苦しい
- 孫にギフトカードなどをプレゼントしてあげたい
- そのためにZBDのゲームでビットコインやギフトカードを稼ぐ
ZBDのゲームでは、ビットコインだけでなく、ギフトカードなど他の形でも報酬を受け取れるため、「ビットコインはよく分からないけど、ギフトカードがもらえるならやってみよう」という入り口が成立しています。
7. トップダウンか、ボトムアップか:日本で何から変えるべきか
「まずは“上”が動かないと、下はついてこない」(川合氏)
川合氏は、日本の構造を踏まえたうえでこう述べます。
「草の根からじわじわ広がっていく、というより、まずはメインストリームで“普通に使われる”ようにならないと下は動かない」
具体例として挙げたのが、ANAPの第三者割当増資です。
- 約100億円規模の第三者割当増資を、ビットコイン現物で実行
- 時計や車を暗号資産で買う、といった話とは桁が違う
- 「ビットコインで株を買う」という実績を、日本の上場企業が作った
「“ビットコインでこんな規模の取引が普通に成立した”という事例を積み上げていくしかない」
とにかく、「使える」「使っている」という実績を“上のレイヤー”で作ることが重要だという立場です。
「最終的には日本政府がビットコインを準備金として持つべき」(川合氏)
議論の終盤、川合氏はかなりはっきりした主張をします。
「日本政府はいい加減、ビットコインを準備金として持つべきだ」
理由は明快です。
- 世界ではすでに「ビットコイン獲得戦」が始まっている
- 日本円はドルにもビットコインにも価値が下がり続けている
- 通貨の価値は、国力・経済力・金の準備・その他資産などで支えられている
- トランプ政権は、“暗号資産で裏付けされたハードカレンシー”を目指していると言われている
「日本円の価値をこれ以上毀損したくないなら、円を支える準備資産の1つとしてビットコインを持つのは、もはや避けて通れないはずだ」
ANAPという上場企業の立場から、あえてここまで踏み込んだ発言をしている点が印象的でした。
まとめ:日本のビットコイン普及戦略として見えてきたこと
このパネル全体から見えてくるポイントを整理すると、次のようになります。
- 規制とビジネス感覚のギャップ
- 「まず規制、その後ビジネス」という順番を見直さない限り、イノベーションは起きにくい。
- コミュニティのイメージと外部からの参入ハードル
- ビットコインコミュニティが“宗教的で怖そう”という印象を持たれている。
- 中にいる側が意識して“外から入ってきやすい雰囲気”を作る必要がある。
- 言語の壁とラベリング問題
- 日本語だけに閉じていると、世界の議論に触れられない。
- 「仮想通貨」というラベルが与えた悪影響は小さくない。
- 決済インフラの検閲と、ビットコインの出番
- クレジットカードが“検閲ポイント”になり、多くの表現やビジネスが締め出されている。
- そこでビットコイン/ライトニングが「最後の手段」ではなく「最初から使える選択肢」として入る余地が大きい。
- エネルギー × マイニング × 地方創生
- 捨てられている再生可能エネルギーをマネタイズする手段として、
ビットコインマイニングはすでに動き始めている。 - 大企業の信用と旧来メディア(新聞)の組み合わせが、地方自治体との接点になっている。
- 捨てられている再生可能エネルギーをマネタイズする手段として、
- ゲームと“副業”としてのビットコイン
- ゲームの中でビットコインを稼ぐユースケースは、すでに海外では日常化しつつある。
- 日本語ローカライズと「ビットコイン一色にしない設計」が、普及のカギになる。
- トップダウンのインパクト
- 上場企業が第三者割当増資をビットコインで行う。
- 最終的には、日本政府が外貨準備の一部としてビットコインを保有する。
- こうした“トップ側の行動”が変わらない限り、ボトムアップだけでは限界がある。
このパネルは、「日本のビットコイン普及が遅れている」と言うだけで終わらず、規制、エネルギー、決済、ゲーム、コミュニティ、国家レベルの通貨戦略まで、かなり広いレンジで具体的な論点を出しており、とても興味深いセッションでした。




