※本記事は、Bitcoin Tokyoによって公開されたYouTube動画 AI 時代の中立かつプログラマブルなお金 (Neutral, Programmable Money for the Age of AI) の文字起こし&編集版です。
登壇者
- Michael Levin(Lightning Labs / Head of Product Growth)
なぜ「AI時代の決済」をいま語るのか
僕はLightning Labsでプロダクトグロースを担当しているMichaelです。今日は「AI時代における中立かつプログラマブルなお金」について話します。
まず、なぜこれが重要か。
ビットコインを「価値の保存(Store of Value)」として見る段階から、「決済(Medium of Exchange)」として捉える段階に進むなら、Lightningが“どこで効くのか”を見極める必要があります。
よくある例は「コーヒー代」だけど、Lightningが本当に伸びるのは、今は想像できない形かもしれない。たとえば「機械が支払うWeb(machine-payable web)」のような世界です。
だからこそ、成長産業と新しい技術に対して「BitcoinとLightningがどう価値提供できるか」を考えるべきだと思っています。
今日話すこと(全体設計)
本日の流れはこうです。
- AIの約束(Promise)
- AIのコスト(Costs)と、その含意
- AIスタック全体での“支払い”の役割
- AI向け決済をゼロベースで設計すると何が必要か
- L402プロトコル(Lightning Labsが提案)
- AI×Lightningの採用状況と、採用を加速させる要因
- 参考リンク
AIの約束:次の主役は「エージェント」
まず質問。毎月AIプロダクト(ChatGPT、OSSのLLMなど)を使っている人は?(会場は多数挙手)
過去2年でAIは爆発的に普及しました。これまではLLMプラットフォームやチャットボットが中心でしたが、次のフェーズは AIエージェント です。
例えるなら、
- いま:「東京で一番うまいラーメン屋は?」→ 候補が返ってくる
- 次:「東京旅行を予約して。航空券、ホテル、レストラン予約まで全部」→ エージェントが複数ステップで実行して結果を返す
この世界に入ると、エージェントは“実行”するために決済インフラが必要になります。そこが今日のテーマです。
また、AIが今後10年で世界GDPに与える影響は、推計で1〜5兆ドル規模という見立てもあります。巨大産業になるなら、決済の設計がボトルネックになり得るのです。
AIのコスト:GPUだけじゃない。「データ」が効いてくる
AIモデルは大きく3要素で成り立ちます。
- 計算資源(Compute)
- アルゴリズム(Algorithms)
- データ(Data)
どれも高価で、しかも前払いの投資が必要です。
計算資源の話は分かりやすい。AIサーバーは汎用サーバーより大幅に高い。さらに、より高度なモデルへ進むにつれて、トレーニングコストは2025〜2027にかけて数十億〜数百億ドル規模に達しうる、という予測もあります。
でも見落とされがちなのが データ です。モデルの精度や能力の差分は、データで出てくる。だから企業はデータ確保を“取引”し始めています。
たとえば最近、GoogleがRedditとデータ契約を結び、Redditは「ユニークデータをAI企業へマネタイズする」と言及している。これは典型的な“従来型の契約モデル”です。
ただ、このやり方は固定費的で、将来のAI世界にはもっと細かい形(後述する“pay-per-use API”のようなもの)が必要になっていくはずです。
コストの含意:AIは「限界費用ゼロ」のインターネットじゃない
ここが重要です。過去25年のインターネットは、検索でもコンテンツでも「1回表示する限界費用がほぼゼロ」に近い世界でした。
でもAIは違う。クエリを投げるたびにコストが発生します。しかも、コストはクエリ内容で大きく変わります。
- 文法チェック → 低コスト
- 長いコードを全面リファクタ+解析 → 高コスト
つまりビジネスモデルは、広告中心から、“クエリ単位課金”の方向へシフトしやすい。問題は「地球上の全員を、クエリ単位でどう課金するのか」です。
AIスタックにおける支払い:3つの論点
支払いが重要になる場所は主に3つあります。
- データアクセス:固定契約ではなく、必要な分だけAPIで“買う”ような形が増えるかもしれない。
- グローバルなアクセシビリティ:いまはクレカ+サブスクが多いが、それだと新興国などに届きづらい。だから“世界中が使える決済”が必要になる。
- AIエージェントの支払い:エージェントにはIDも銀行口座もクレカもない。インターネットネイティブな存在です。それがワイヤ送金で支払うのは不自然。エージェント同士、API、実世界予約など、決済が不可避になります。
AI向け決済を「第一原理」から設計すると必要なもの
AIに最適な決済は、最低限こうあるべきです。
- グローバルに使える
- ほぼ即時
- ファイナルな決済(取消不能)
- インターネットネイティブ
- 認証(誰がどこまで使えるか)
- 実装が容易
ファイナル性は特に重要。クレカのチャージバック(不正申し立て)で、AI会社はすでに回答コストを払ってしまっている。限界費用ゼロじゃないので、取り返しがつかないからです。
L402とは何か:HTTPの“402 Payment Required”をLightningで復活させる
ここで L402 を紹介します。Lightning Labsが提案している、インターネットネイティブなペイウォールを実装するオープンプロトコルです。
鍵になるのが HTTPステータスコード 402(Payment Required)。HTTP策定時に「将来の支払い用途のために予約」されたコードで、長い間“空席”でした。
当時はマイクロペイメントの仕組みがなかった。もちろんBitcoinもLightningもなかった。L402は、この既存のインターネット設計を活かしながら、Lightningで「402を実用化」します。
L402の動き(ざっくり図解):支払い → 証明 → アクセス
流れはシンプルです。
- クライアントがHTTPリソース(例:記事)を要求
- サーバーが「未払い」なら 402 を返す
- 返答には
- macaroon(認証トークン)
- Lightning invoice(請求書)
が含まれる
- クライアントがinvoiceを支払う
- 支払うと得られる preimage(支払い証明) をmacaroonに付けて再送
- サーバーが「支払い完了」を確認してリソースを提供
これで pay-per-use API、記事課金、細かい従量課金が可能になります。
重要な構成要素:macaroon / invoice / preimage / reverse proxy
要点だけ押さえるならこの4つです。
- macaroon:ベアラートークン型の認証。権限や期限などを持てる。“発行”と“検証”を分離できるので、認証の分散性が高い。
- invoice:サーバーが請求を返し、クライアントが支払う。
- preimage:支払いが完了すると得られる証明。これを提示する。
- reverse proxy:L402非対応のサーバーでも、手前にプロキシを置けば動く。Lightning Labsの実装が Aperture。ここが価格設定、認証、APIキー管理などを肩代わりできる。
なぜAIに刺さるのか:粒度の細かいアクセス制御ができる
L402は、さっき挙げた「AI決済の要件」にきれいに合致します。
- グローバル
- 即時
- ファイナル
- ネイティブ
- 認証あり
- 実装しやすい
- 言語非依存
さらに、AI企業が求めるのは “granular access control(粒度の細かい制御)” です。
macaroonで、
- このユーザーはこのモデルだけ
- この期間だけ
- この回数だけ
- このティアだけ
のように制御できる。クエリコストがバラつくAIでは、ここが効いてきます。
デモ:GPT-4への問い合わせを「1クエリごとに課金」できる
デモ例として、Cody Lowが作ったものがあります。チャットUIでクエリを投げると、Lightning invoiceを払って初めて回答が返る。さらに発展させれば「一定回数まではこのmacaroonでOK」のような設計もできます。
要するに、技術的にはすでに可能で、実際に作っている人がいのです。
既に動いている事例:Fewsats / sulu / open agents / plebAI など
L402+Lightningで既にプロダクトを作っている企業・開発者がいます。
- Fewsats:AI開発者向け。ストレージ課金、データ課金など
- sulu:APIを“呼び出し課金”でマネタイズ
- インディ開発者:従量課金系の仕組みを作り始めている
- Open Agents / plebAI:OSSモデルのチャットUIをクエリ課金で提供
なのに、なぜ採用が遅いのか:2つの理由
ここで疑問が出るかもしれません。「これだけAIに合うのに、なぜ採用が遅いのか?」と。理由は2つです。
1) AIはハイプの頂点にあり、いまは“マネタイズを急いでいない”
資金調達が容易で、今はユーザー成長優先。90年代〜2000年代初期のインターネットに近い状況。
例としてOpenAIは、2023年12月時点でランレート20億ドル規模と言われつつ、さらに高度モデルには“数百億ドル”級の資金が必要になり得る。とはいえ、今はそれでも調達できてしまう。
この状況が変われば、マネタイズ手段を真剣に探す局面が来るはずです。
2) 「ビットコインで売上を受け取ってください」が、非ビットコイン企業には刺さりにくい
ここはビットコインカンファレンスでは言いにくい話だが、AI企業の関心は「ユーザーに価値を届け、収益化すること」。
そこに“世界の金融システムが壊れている”みたいな大きな話を持ち込んでも、相手はその温度感ではない。“とにかく動くもの”を求めている。
その結果、AI企業に提案する側の開発者は「ステーブルコインをLightning上で扱えれば提案が簡単になる」と考え始めています。
採用を加速させる鍵:Taproot Assetsとステーブルコイン
ここで Taproot Assets(Taprootベースの資産発行プロトコル)の話になります。
Lightningで複数資産を扱える方向の取り組みで、メインネット上で「マルチアセットLightning」のローンチが進んでいます。
すでに企業が TetherをブリッジしてLightning上で送る 動きも出ている。会議の直前にも、別のカンファレンスでステーブルコイン決済が一定回数流れた、という話がありました。
AI×決済の文脈では、「受け取りがステーブルなら導入しやすい」という現場の声が繰り返し上がっているため、ここが“次のブースター”になり得る、という見立てです。
参考情報(Michael氏による案内)
詳しくは L402のサイト、Apertureのビルダーガイド、YouTubeデモ、ブログなどを見てください。今日はありがとう。質疑どうぞ。
Q&A:分散AI決済の文脈との違いは?
質問者
分散型の実行(分散AIなど)を支える“インターネットネイティブ通貨”の文脈がある。一方で今日の例は、中央集権的なAIサービスに対して支払う形にも見える。ここはどう考える?
Michael Levin氏
質問の意図としては「Lightningが分散AIやOSS AIを後押しするのか?」ということだと思います。
今日挙げた中にはOSSモデルへのアクセスを提供するものもあるし、Lightning/Bitcoinで“世界中から支払える”こと自体が、分散的なAI企業を生みやすくする面がある。
僕らの側の思想としても、基本的に作っているものはオープンソースです。また、認証が分散的(発行と検証が分離)なので、いろいろなモデル/ティアへのアクセスを柔軟に設計できる。
話し足りない部分はあとで個別に話そう。
要点整理(まとめ)
- AIは「1クエリ=コスト」が発生する世界で、決済はプロダクト設計そのものになる
- AIエージェントの普及は、ID・口座を持たない存在の支払いを前提にする
- L402は、HTTP 402をLightningで実用化し、従量課金・マイクロ課金・API課金を“インターネット標準の延長”で実装しようとする
- 採用が遅い理由は
- いまは成長優先でマネタイズを急いでいない
- “売上がBTCになる”壁が非ビットコイン企業には重い
- その壁を下げるものとして、Lightning Labsは Taproot Assets × ステーブルコイン に期待を寄せている




