※本記事は、FinTech Observerによって公開されたYouTube動画 Japan's Bitcoin Gamble: Examining Corporate Digital Asset Strategies の文字起こし&編集版です。
セッション概要
モデレーターの東さん(Diamond Hands)が進行する形で、「ビットコイン財務戦略 日本企業な大胆な賭け」と題したパネルディスカッションが行われました。
テーマはシンプルですが重いものです。
「ビットコイン財務企業(ビットコイントレジャリー企業)は、ビットコインの普及にとってプラスなのか、マイナスなのか?」
あえて立場を分けてディベート形式で議論し、日本の個人投資家・企業がビットコインとどう付き合うべきかを探っています。
パネリストとそれぞれの立場
まずは登壇者とポジション整理から。
肯定派(ビットコイントレジャリー企業「アリ」側)
- 金光さん(bitFlyer)
元ゴールドマン・サックスでコンバーティブルボンド(CB)ストラクチャリングを担当。金融工学・コーポレートファイナンスの視点から「トレジャリー企業の意義」を主張。 - 田代さん(Remixpoint / ビットポイント)
リミックスポイント代表、および暗号資産取引所ビットポイントの取締役会長。「トレジャリー企業の経営者&取引所役員」という両方の立場から発言。
否定派(ビットコイントレジャリー企業「ナシ」側)
- ヨーロピアンさん(個人投資家)
10年以上ビットコインを追い続けている個人投資家。YouTube「ビットコイナー反省会」などでもおなじみの論客。 - 加藤さん(日本ビットコイン産業)
日本のビットコイン/ライトニングユーザーを増やす活動に注力。今回は「ビットコイントレジャリー企業断固反対派」として登壇。
モデレーター
- 東さん(Diamond Hands)
本セッションの進行役。テーマ設定と論点整理を担当。
テーマ設定:「ビットコイントレジャリー企業」は普及にとってプラスか?
東さん(モデレーター)
「今回のテーマは、日本市場を前提に、『ビットコイン財務企業(=ビットコイントレジャリー企業)はビットコインの普及にとってプラスかマイナスか?』です。余剰資金でちょっとだけビットコインを持つ会社ではなく、マイクロストラテジーやメタプラネットのように“ビットコインを積極的に買い増していくモデル”を主な対象とします」
立場はあくまでディベート用のポジションであり、登壇者個人・所属組織の公式見解ではないことも明確にされたうえで議論がスタートします。
肯定派の主張①:認知拡大と「新しい投資機会」の創出
田代さん:株主を通じてビットコインの裾野を広げる
「たとえば当社のように株主が約3万人いる会社がビットコインを財務に組み入れることで、その3万人全員にビットコインという存在を意識させることができる。メタプラネットなら株主は約13万人です。短期間でこの人数に“ビットコインの魅力”を届けた意味は大きいと思います」
「株主」というチャネルを通じて、それまでビットコインに直接触れてこなかった層へリーチできている、という視点です。
金光さん:マイクロストラテジー型の“新しいペイオフ”
「マイクロストラテジー(現ストラテジー)は2020年ごろから転換社債(CB)を発行し、その資金でビットコインを購入しています。これが“超革命的”だった。CBの投資家は“ビットコインのダウンサイドは限定しつつ、アップサイドは取りに行ける”というペイオフを手にしました。従来の『ビットコイン現物』では不可能だったプロダクトです」
- 現物ビットコイン:下落時の損失を自分で丸かぶり
- CB経由のエクスポージャー:社債として元本100をベースにしつつ、上昇分にレバレッジをかける構造
「“現物では買えないが、社債や証券なら買える投資家”に新しい投資機会を提供して市場の厚みを増した点だけを見ても、トレジャリー企業には存在意義があると思います」
否定派の主張①:マイクロストラテジーは「特殊解」にすぎない
ヨーロピアンさん:そんなBSを持てる会社はほとんどない
「ストラテジーの戦略が成り立つのは、もともと本業があり、長年の事業で分厚いキャッシュを貯めてきたからです。ダウンサイドの損失を“会社のBSで被れる”前提がある。一方で、今のトレジャリー企業の多くはそんな余剰キャッシュを持っていない。事業が赤字の会社も多い。その特殊な成功例を一般化して語るのは、さすがに無理があると思います」
加藤さん:中抜き・非効率・代表性のなさ
「肯定派が持ち出す事例って、“マシな事例”な気がする。むしろあまり代表的ではないキレイな例だけを見ている。実際には“わざわざトレジャリー企業という中抜きレイヤーを挟むことで、非効率が増えている”側面がかなり大きい」
「『今まで買えなかった層が、その非効率を許容しても入りたい』というニッチはあるかもしれません。ただ、普通の一般投資家にとっては関係ない。取引所で現物を買えば済む話です」
否定派の主張②:普及効果は限定的で、「株主」は新規層ではない
ヨーロピアンさん:ビットコインにアクセスできない層ではない
「ビットコイン財務企業が“普及に貢献している”と言うけれど、株主になるような金融リテラシーのある人たちが『ビットコインにアクセスできなかった』とは思えません。日本でも米国でも、取引所で口座を開けば普通に買える。アクセス障害はほとんどない状態です」
「株主が何十万人いますと言われても、その人たちはもともとビットコインを買えた人たちであり、真に“新規に開拓された層”はかなり限定的ではないかと考えています」
肯定派の主張②:インフレ環境下での「余剰資金の保全」として正当
金光さん:日本企業が余剰資金をビットコインに回すのは合理的
「マイケル・セイラーがビットコインを買い始めた理由は、“インフレで自社のキャッシュが目減りしていくから”でした。日本企業が同じ理由で、余剰資金の一部をビットコインに回すことに何の問題があるのか、と」
田代さん:リミックスポイントがビットコインを持ち始めた背景
「当社(リミックスポイント)はビットポイントをSBIグループに売却したことで、手元に約200億円弱のキャッシュが生まれました。その後数年間のインフレで、“昔は200億円で買えたものが、今は買えない”という現実を目の当たりにしました。そこで『日本円だけで持つのは良くない、ビットコインを一部持とう』と考えたのがスタートです」
「本業を持つ企業が、余剰資金の一部をビットコインに振り向けるのは、企業価値向上の一つの合理的な選択肢だと考えています」
※この「余剰資金の一部をビットコインに」という話については、否定派も「それ自体は良い付き合い方だ」と一定の同意を示しています。ここでの主戦場は、あくまで「トレジャリー企業を名乗るほどビットコインに振り切ったモデル」です。
肯定派の主張③:プロによるレバレッジ運用とカストディの代替価値
レバレッジ:個人のレバ取引より、企業側での管理のほうがマシ?
金光さん
「トレジャリー企業の株自体が“レバレッジド・ビットコイン”とも言えます。彼らは借金をしてビットコインを買っていますから。デルタ1の現物ビットコインとは違う、レバレッジの効いた投資商品が生まれたという点は評価できると思います」
田代さん
「個人のレバレッジ取引は、8割が損をする世界です。一方でトレジャリー企業であれば、プロがリスク管理をした上でレバレッジをかけてビットコインにエクスポージャーを取り、投資家に成果を還元することができます」
カストディ:セルフカストディは“難しすぎる”
田代さん
「セルフカストディは、本当に難しい。鍵の生成から保管、バックアップ、物理的な金庫の管理まで多層的なセキュリティ対策が必要です。僕の周りでも、ビットコイナーの3割くらいはセルフゴックスか盗難を経験している印象です」
「このレベルのセキュリティを一般の個人に求め続けるのは現実的ではなく、企業側が高いセキュリティで管理する役割も、一定の社会的意味があると考えています」
「証券口座から買える」ことの心理的ハードルの低さ
田代さん・東さん(補足的に)
「暗号資産取引所にわざわざ新規口座を開きたくない人、税務や確定申告が面倒で踏み出せない人も多い。すでに持っている証券口座で、他の株と同じように売買できる“ビットコイン関連エクスポージャー”は、そうした層にとって入口になり得ます」
否定派の主張③:調達手段の「非効率」と株主価値の毀損リスク
ヨーロピアンさん:MSワラント型調達の問題
「日本のトレジャリー企業は、デット(借入)調達がほとんどできていません。実際には、MSワラント(行使価格修正付き新株予約権)に頼るケースが多い」
「このスキームでは、引受先のファンドは『前日に空売りしておいて、翌日修正された行使価格で株を受け取り、それで空売りを埋めて利鞘を取る』ことができます。つまり、ファンドはその会社のエクスポージャーをほとんど取っていない。結果として、既存株主の価値だけが薄まる、非常に非効率な調達です」
加藤さん:連鎖的なダウンサイドの懸念
「ビットコイン価格が上昇基調のうちは、“株価がビットコイン以上に上がる”というレバレッジ効果が魅力に見えます。しかし下落局面になると、
・株主の興味が薄れる
・新たな調達が難しくなる
・株価が下がる
・返済が重くのしかかる
という悪循環が起きる」
「ビットコイン現物なら“持っていればいい”で済む下落も、トレジャリー企業の株では“倒産で株主価値ゼロ”になり得ます。結局あなたが欲しいのは“株”なのか、“ビットコイン”なのか、という根本に戻るべきです」
加藤さん:「使えない資産」であること
「トレジャリー企業の株は、支払いにも使えないし、引き出して自分のウォレットに移すこともできない。DeFi的な運用にも回せない。将来『ビットコインを実際に使う時代』が来たときに、明らかに時代遅れのエクスポージャーになっていくと思います」
「買ってもよいトレジャリー企業」の条件とは何か?
ここからは、「それでもトレジャリー企業を買うなら、最低限どんな条件が必要か?」という、やや実務寄りの話に入ります。
金光さん:BSとデットの構造を徹底的に見るべき
「私自身、ストラテジーも保有していますが、それでも“デットの返済可能性”はかなりシビアに見ています」
主なチェックポイント:
- デットの返済原資が「ビットコインの上昇頼み」になっていないか
- 返済期日に、リファイナンス(借り換え)が現実的にできるか
- 日本型MSワラントではなく、より株主フレンドリーな調達かどうか
- ベンチャー企業が「最後の賭け」でビットコインを買っていないか
「『5年後に売上100億いかなきゃ上場廃止だから、とりあえずビットコイン買って一発狙うか』みたいなノリの会社も出てきていると聞きます。そういう“ビットコイン頼みの延命策”は、さすがに危険だと思います」
田代さん:経営陣がビットコインを理解しているか
「株価対策だけでビットコインを買っている会社も複数あると認識しています。経営陣自身がビットコインを一度も買ったことがないのに、いきなり会社として『ビットコイン買いました』とリリースを出すケースもある」
「そのような会社では、将来的に『ハッキングに遭ってビットコインを失いました』というリリースが出る可能性が高い。そういうところは避けるべきです」
「最終的には、
・株式発行による資金調達
・社債等によるデット調達
のバランスを“アート”のように設計し、ビットコイン価格が下落しても倒産しない構造を作れるかどうか。ここを理解していないトレジャリー企業は危険だと思います」
税制・口座・レポーティングという「制度上の差」
議論の後半では、「なぜ人々は取引所で現物を買わず、トレジャリー企業の株を買うのか?」という問いが掘り下げられました。
金光さん/田代さん側の見立て
- 証券口座はすでに持っているが、暗号資産取引所の口座は開きたくない人が多い
- 株式なら特定口座・源泉徴収で、確定申告が不要なケースも多い
- 暗号資産の確定申告は、複数取引所をまたぐと非常に煩雑
- 未成年でも株式なら保有できる(ヨーロピアさん補足)
- ETFが国内でまだ買えない現状において、「トレジャリー企業の株」がその受け皿になっている側面がある
ヨーロピアンさん/加藤さん側の見立て
「これらの“制度上の差”はたしかに大きいが、それは本来、国内の暗号資産交換業者・制度側が頑張って埋めるべきギャップであって、非効率なトレジャリー企業の存在を正当化する理由にはなりにくい」
「結局、上場企業という器を維持するための監査・上場コストなど、見えないコストが投資家から吸い取られている。その“ツケ”を払ってまで株で持つ必要があるのかは、改めて問い直すべきだと思います」
クロージング
最後に、各自が自分の立場を簡潔にまとめて締めくくりました。
金光さん(肯定派)
「ビットコインに紐づいた新しい金融商品が生まれ、ペイオフの多様性が広がったという意味で、トレジャリー企業は基本的にポジティブな存在だと考えています。もちろん会社ごとのプロファイル精査は必須ですが、一律に否定するものではありません」
田代さん(肯定派)
「レバレッジを効かせた高いパフォーマンスの可能性と、企業側が担うセキュリティという役割を考えれば、きちんとリスク管理されたトレジャリー企業には十分な存在意義があると思っています」
ヨーロピアンさん(否定派)
「現時点では、税制や特定口座などの制度上の有利さゆえに一定のニーズがあることは認めます。ただ、その裏には非効率な調達や上場コストがあり、その負担を投資家が引き受けていることも忘れてはいけない」
「将来的に暗号資産側の制度が整っていけば、この“制度差”は縮まるはずで、そうなればあえてトレジャリー企業を経由する意味はかなり薄れていくのではないかと考えています」
加藤さん(否定派)
「5年後に答え合わせしましょう」
以上で、このセッションは幕を閉じました。




