※本記事は、Bitcoin Tokyoによって公開されたYouTube動画 ビットコインと地政学:国家と地方自治体のビットコイン戦略 の文字起こし&編集版です。
ビットコインは「価格」や「投資」だけで語られがちです。
でもこのセッションは、もう一段深いところ――国家・自治体・外交・法制度・教育といった「地政学のレイヤー」でビットコインを捉え直します。
登壇者は以下の3名。
- Mario Flamenco(The Bitcoin Office El Salvador)
- Giacomo Zucco(PlanB Network Director)
- Samson Mow(Jan3 CEO / モデレーター)
話題はルガーノ(スイスの都市)とエルサルバドル(国家)を中心に、「ビットコインが“国”と“街”をどう変えるか」、そして「次に動くのはどこか」へと広がっていきます。
登壇者紹介:誰が、どの立場で話しているのか
Samson Mow氏
Jan3のCEO。Aqua Walletの開発元で、各国政府とのエンゲージメント(対話・提案・支援)を広く行ってきた。起点はエルサルバドルで、モンテネグロ、コロンビアなどにも関与している。
Giacomo Zucco氏
PlanB Network のディレクター。ルガーノ発のビットコイン教育・スタートアップ支援を「旧世界(欧州)」へ拡張し、教育リソースと物理拠点(Bitcoin hub)のネットワーク化を進めている。
Mario Flamenco氏
エルサルバドルの「Bitcoin Office」メンバー。自国が法定通貨としてビットコインを採用した後、その“ビジョンの番人”としての役割を担う。自身を「ビットコイン・マキシマリズムの守護者」と表現し、シットコインから国を守る、と明言する。
1. 「国家」ではなく「都市」でもできるのか:ルガーノの戦略(Giacomo氏)
Giacomo氏は最初に、ルガーノを「国家ではない」ことから説明します。
Giacomo Zucco氏
ルガーノはスイスのイタリア語圏にある小さな都市で、法定通貨法を作れる立場ではない。だから「ビットコインを法定通貨にする」代わりに、自治体として受け取れる支払いをすべてビットコインで受け付けるというアプローチを取った。
具体的には、住民サービス、自治体の費用、税金などの支払いでビットコインを使えるようにした。そして地元商店にも導入を促し、約350の加盟店をオンボードした。
ポイントは、数字の大きさではなく「密度」だと言います。ルガーノは小さい街なので、350店舗は“濃い”。さらに、ルガーノは「食事で使える」だけで終わっていない。
Giacomo Zucco氏
ルガーノではビットコインで車が買える。僕は実際に買った。不動産も理論上は可能。高級時計も買える。小さな決済だけじゃなく、重要な買い物に使えるのが特徴。
ただし、ここで一番面白いのは“逆説”です。
Giacomo Zucco氏
ルガーノは銀行口座を持てない人がほぼゼロ。みんなカードもあるし、現金も強い。現金規制もない。つまり「決済手段としてのビットコイン」が必要な街ではない。
それでも意味があるのは、ルガーノが「外からビットコインを使いに来る人を集める場所」になり得るから。ロシアや南米など、別の事情を持つ人が来て、家や車や日常支出をビットコインで行う。ローカルの取引量を激増させなくても、街の経済や魅力は変わる。
そしてルガーノの「真の狙い」は、決済量ではなく“都市の再定義”にある。
ルーガノは歴史的には文化の街で、金融的な存在感は「イタリアからの資金流入」に依存していた部分があった。でもそれが終わりつつあり、街は新しい使命=新しい魂を探していた。
ビットコインは取引量よりも、街に「物語」を与え、地図に戻し、VC投資やスタートアップ誘致を生んだ。
具体例として、ビットコインやP2P技術に関係するスタートアップ向けのファンドが複数作られたことにも触れます(50m CHF、100m規模)。さらに、イベント戦略が強烈です。
Giacomo Zucco氏
ルガーノでは「PlanB Forum(10月開催、次回は10/25-26)」を継続し、夏には「PlanB Summer School」を開催して世界から学生を集める。
そしてこの取り組みはエルサルバドルにも拡張し、2025年1月30-31に同ブランドのカンファレンスをエルサルバドルで開催する。両都市を“ツインシティ”のように見せ、ビットコイン外交のようなことをやっている。
ルガーノは「ビットコイン決済の街」ではなく、“ビットコインの拠点としての街”を作ろうとしている、という構図です。
2. 国がビットコインを採用するとは何か:エルサルバドルの物語(Mario氏)
Mario氏のターンでは、一気にテンションが変わります。彼はエルサルバドルを「国家プロジェクト」として語り、ビットコインを“精神性”として捉えます。
Mario Flamenco氏
エルサルバドルはアメリカ大陸で最も小さな国。かつて世界で最も危険な国だった。でも今は西半球で最も安全な国になった。
これは大統領(Nayib Bukele)による変化で、ビットコインとも無関係ではない。ビットコインはただの金じゃなく、考え方、精神性に関わる。金融システムや銀行が人類の生活状態を作ってきた。そこには腐敗がある。
“安全”の話から“金融”の話へ。彼の論理は、「国を立て直す価値観の中心にビットコインがある」という発想です。
その象徴として、Bitcoin Beachの逸話が語られます。
Mario Flamenco氏
ある小さな町で、外国人が食事代を払えなくて店の女性にビットコインを提案した。彼女は知らなかったが、親切で「ビットコインって何?」と聞いて受け取り始めた。数年後、その町には自然発生したサーキュラー・エコノミーができた。大企業も有名人もいないのに起きた。
それを大統領が知り、ビットコインが合理的に筋が通ると理解した。ただし法定通貨化は巨大なリスクだった。銀行はビットコインを嫌うし、途上国は融資に依存しがちだから。でもエルサルバドルはやった。勝った。
彼は成果として、国債のパフォーマンスや観光の伸びにも触れます(詳細数値はスライドに依存するが、文脈としては「急伸」)。
そして、生活感の話が面白い。
Mario Flamenco氏
僕は普段satsで考えてる。国の外に出て初めて、自国がどれだけ進んでるか気づく。エルサルバドルでは、全部がビットコインで買えるわけじゃないが、“ビットコインで売ってくれる人”は必ず見つかる。
さらに、買い増しの話。
Mario Flamenco氏
エルサルバドルは毎日1BTCを買い続けている。今は約6,000BTC近い。
政治の意思決定のスピード感も独特です。
Mario Flamenco氏
大統領はSNSをよく使う。WhatsAppで指示が飛ぶし、時にはTwitterで命令もする。やりたいことがあるなら、実際にやる。機能してなければやらない。
賛否は当然ありますが、「国家運営のスピード」と「ビットコイン採用」が同じエネルギーで語られているのが、このパートの特徴です。
3. “次に買う国”はどこか:国家のビットコイン準備金ゲーム
Samson氏が議論を次の段階に引き上げます。国家の保有状況のマップ(米・中・ブータン・エルサルバドルなど)に触れつつ、問いを投げます。
Samson Mow氏
次に「国家準備金として」本気でビットコインを積み上げる国はどこだと思う?
ここでGiacomo氏が提示するのが、かなり鋭い“地政学的経済論”です。
Giacomo Zucco氏
鍵は「ドル化(dollarized economy)」の国だ。自国通貨を発行せず、外国通貨(ドルなど)を使っている国は、インフレの痛みだけを受け、恩恵を受けにくい。
中央銀行が紙幣を増やすと購買力は落ちるが、印刷機に近い人ほど得をし、遠い人ほど損をする(カンティロン効果)。ドル化している国は印刷機から遠いので、純損になる。
だから「通貨主権がない国」は、ビットコインのようなグローバルな価値保存手段を採用するコストが低い。
つまり、「国家がビットコインを採用しやすい条件」は、思想よりもまず構造にある、という見立てです。
一方で、現実の矛盾も指摘します。
Giacomo Zucco氏
現状、ビットコインを多く保有している国が必ずしもビットコインに友好的とは限らない。米国は規制が厳しいのに大きなスタックを持っている。中国も禁止したのに大きい。
ただ、長期的には“思想的整合性”が保有量にも反映されるはず。ドイツは売った。だから「楽しんで貧しくなればいい(fun staying poor)」だ。
そして議論は、都市(ルガーノ)が準備金を持てるかという話に飛びます。
Samson Mow氏
都市やカントンでも、外貨準備の枠でビットコインを持てないのか?
Giacomo Zucco氏
理屈では可能性があるが、法的な前例と戦う必要がある。ルガーノが突破できれば、強い法的前例になる。
Mario氏は“政治の現実”に戻します。
Mario Flamenco氏
次に採用する国は、「痛みに耐えられなくなった国」だ。融資機関や銀行との条約が縛りになる。結局、必要なのは“勇気”だ。うちはそれをやった。
さらに、Giacomo氏は日本の法的位置付けにも触れます。
Giacomo Zucco氏
僕は当時、エルサルバドルの法定通貨化を「大したことない」と誤解していた。日本はすでにビットコインを通貨として認めていたから。でも“法定通貨(legal tender)”と“通貨としての認知”は違う。
ただ、日本は早い段階からビットコインを通貨として整理した前例があるので、法的観点では興味深い国だ。
4. 最大のリスク:カリスマが去った後に残るか
ここからが、国家戦略として一番リアルな論点です。
Samson Mow氏
エルサルバドルもルガーノも、強いリーダーがいる。でも政治は変わる。大統領や市長が変わったら、その路線は維持できるのか?
Mario氏は感情で返します。
Mario Flamenco氏
もし何か起きても、ビットコインの法定通貨は守る。俺たちはその丘で死ぬ。火山の上ででも。
その後、Giacomo氏が“ゲーム理論”で整理します。
Giacomo Zucco氏
政治の変化で「新しいことを始める」のはリスクが高いが、「既に始めたことを維持する」のはリスクが低い。Bukeleは最大の評判リスクをすでに引き受けた。後任は“維持”の方が楽だ。
さらに、ビットコイン準備の本当の成果(価格上昇の恩恵)は長期で現れる。4年単位の長期ベットなので、成果が見えた後の方が撤回しづらくなる。
そして教育が重要だ。エルサルバドルでは学生向けだけでなく、公務員にもビットコイン教育をした。単なるウォレット講座ではなく、オーストリア学派、サイファーパンク、プライバシーなど、思想も含めた教育を入れた。これは制度の定着に効く。
ルガーノについては、スイスの政治文化の話になります。
Giacomo Zucco氏
ルガーノでは対立候補ですらサマースクールに参加し、学生に証明書を渡していた。スイスの伝統として、政権が変わっても前の政策を破壊しない傾向がある。
ここは、国家と自治体の“政治設計”の違いがよく出ます。
エルサルバドルは「強い意思決定」、ルガーノは「合意形成と継続性」。ビットコイン戦略は、その国の政治文化に合わせて形を変える、という示唆です。
5. 自己批判:採用はなぜ思ったより遅いのか
最後にSamson氏が「自分たちの戦略を批判してみて」と促します。ここが実務の学びとして一番価値が高い部分です。
Mario Flamenco氏
最初はもっと速いと思っていた。でも“慣性”がある。国は200年同じことをしてきた。6百万人を動かすのは大きい。
結局、必要なのは低い時間選好(low time preference)。待つこと。働き続けること。物理法則的に可能な速度では進んでいる。
Giacomo Zucco氏
マキシマリズム(シットコインから守ること)は冗談ではない。ビットコインはツールであるだけでなく、ツールに伴うサブカルチャーでもある。
ビットコインの文化は、低い時間選好、プライバシー、サイファーパンク的価値観と結びつく。
一方、クリプト文化はハイタイム・プリファレンス(短期投機・早く儲ける)で、ビットコインとは逆だ。多くのトークンは“美人コンテスト”で、人気と有名人に依存する。
エルサルバドルは初期が“ビットコイン中心”でクリーンだったので、クリプト汚染が入りにくかった。
ルガーノは最初は曖昧だったが、今は「ビットコインとクリプトは違う」という線引きを修正している。スイスのZugの“Crypto Valley”は、規制が良くても実態がシットコイン詐欺の私書箱だらけになった前例がある。だから同じ轍は踏みたくない。
この自己批判は、採用戦略の核心を突きます。
「普及の速度」より「文化と制度の純度」が、長期の成果に直結する。国家戦略になるほど、ここは致命的になります。
まとめ:このパネルが示した「国家 × 自治体 × ビットコイン」の本質
このセッションを一言でまとめるなら、こうです。
ビットコインは、国家や都市に“決済手段”以上のものを要求する。
それは「物語」「教育」「制度」「外交」「政治文化」まで含む、統合的な戦略になる。
要点を整理すると:
- ルガーノは「決済量」ではなく「拠点化(教育・投資・企業誘致・イベント)」で勝負している
- エルサルバドルは「国家の価値観の転換」としてビットコインを扱い、実行速度で突破した
- 次に動くのは、思想よりも「通貨主権の構造」から見てドル化国が有力、という見立ても出た
- 最大のリスクは「強いリーダーが去った後」だが、教育と制度設計で耐久性を作れる
- 普及の敵は価格でも規制でもなく、最終的には“慣性”と“時間選好”である




