※本記事は、Bitcoin Tokyoによって公開されたYouTube動画 エネルギー産業に革命を起こすビットコインマイニング の文字起こし&編集版です。
1. ビットコインマイニングは「悪者」なのか?
モデレーター:三原 弘之さん(Cygnos Capital)
まず前提として、日本ではいまだに
- 「ビットコインマイニング=環境に悪い」
- 「電気を無駄遣いしている産業」
というイメージが根強い状況があります。
三原さんの会社は、日本の法人がビットコインを直接保有したり、マイニングにアクセスできるようにする事業を展開していますが、日本国内では「マイニング=なんとなく怪しい」という反応がまだまだ多い、と指摘します。
このセッションでは、
- なぜビットコインマイニングが「電力システムの課題解決」に使えるのか
- グローバルでは、どんな未利用エネルギーと組み合わされているのか
- 日本の大企業の中で、どうやってマイニング事業を通したのか
といった点を、現場プレイヤーの視点から掘り下げています。
2. 「マイニングは環境に悪い」は本当か?
2-1. 批判記事と「ビットコインだけが狙い撃ち」される構図
大西 智敦さん(三井物産 エナジーソリューション本部)
環境批判の代表例として大西さんが挙げたのは、ニューヨークタイムズなどによる批判的な報道です。
- 「ビットコインマイニングが大量の電力を消費し、環境負荷を高めている」
- 「中国でマイニングが禁止された」ことを根拠に、「危険な産業」とラベリングされる
しかし大西さんは、「ここまで特定産業を名指しで叩かれている例は、ほとんどビットコインくらい」と指摘します。
その背景には、
- ビットコイン自体への漠然とした不安感
- よく分からないものに対する、“気味の悪さ”
といった心理があるのではないか、という見立てです。
2-2. ケンブリッジ大学のデータ:再エネ比率は「52.6%」
そこで大西さんは、“感情”ではなく“データ”で見るべきだと強調します。
- データソースはケンブリッジ大学の調査
- 世界全体の平均電源構成 → 再生可能エネルギーなど「環境負荷の低い電源」の比率はおよそ30%
- ビットコインマイニングで使われる電源 → その比率は 約53%
つまり「マイニング=化石燃料ばかりで環境破壊」というイメージは、実態とかなりズレています。
2-3. なぜ、マイナーは再エネに向かうのか?
理由はシンプルで、「採算が合うのは、非常に安い電気だけ」だからです。
- いまのマイニング業界の目安 → 電力単価は、家庭用の電気料金の「約1/4〜1/3」レベルでないとビジネスにならない
- そのレベルまで安くなる電気は何か? → 送電しづらい、余っている、価値がつきにくい電気=再エネ・未利用エネルギーが多い
結果として、「安い電気を求めるマイナーのインセンティブ」と「活用されていないエネルギーを何とか使いたい電力側の課題」が、自然にマッチしていきます。
3. 太陽光の“出力制御”と系統混雑に挑む
3-1. 「けしからんビジネス」から始まった着想
立岩 健二さん(アジャイルエナジーX代表取締役社長/東京電力パワーグリッド子会社)
立岩さんがビットコインマイニングに出会ったのは、東京電力の社内研修がきっかけでした。
- 2017年:ビットコインバブル
- 2018年:バブル崩壊 → 同じタイミングで電力業界では「太陽光の出力制御」という課題が顕在化
「太陽光をもっと入れないといけないのに、系統の安定のために止めざるを得ない。捨てている電力があるのは、あまりにももったいない」
一方で、調べていくと、
- ビットコインマイニングは「大量の電気を無駄遣いする、消しからんもの」と言われていた
しかし立岩さんは、そこで発想を反転させます。
「確かに“けしからん”のかもしれないけれど、『大量に電気を使う装置』は、電力会社にとっては新しいビジネスのタネになるのでは?」
- 捨てられている太陽光電力
- 大量に電気を使うマイニング
この2つを組み合わせれば、新しい電力ビジネスが作れるのではないか。そう考えて、東京電力の社内研修で提案したものの、反応は「頭がおかしい」「ビットコインは怪しい」「環境に悪い」の一色だったと言います。
そこから 4年間の説得と検討 を経て、ようやく東京電力パワーグリッド100%子会社として「アジャイルエナジーX」が誕生しました。
3-2. 「捨てている電力」をビットコインに変える仕組み
立岩さんが示したビジネスモデルは、大きく二つの課題をターゲットにしています。
- 太陽光の「出力制御」
- 春・秋の昼間、日射が強いのに需要が少ない時間帯
- 発電しすぎると周波数が上がりすぎてしまうため、発電を「止める」=捨てている電力が発生
- 送電線の「系統混雑」
- 発電地点と需要地の間の送電線が細い・混雑している
- 発電も需要もあるのに「線がボトルネック」で流せない
これに対してアジャイルエナジーXは、
- 太陽光発電所の敷地内や、系統混雑が起きている地点の近くに
- コンテナ型のマイニング設備(例:50kW)を設置し
- その地点で発生した電気を、その場でビットコインに変える
というソリューションを実装しています。
三原さんも視察したという、群馬県昭和村の第1号案件では、
- 小規模太陽光(50kW)の敷地内に、50kW分のマイニング機器を設置
- 遠隔制御で、太陽光の発電量に合わせて自動でマイニング
- 「太陽光電力 → ビットコイン」へリアルタイムに変換
という仕組みが、すでに稼働しています。
同様のモデルを、栃木県などの「系統混雑エリア」でも展開し、送電線増強にかかる巨額の投資を抑えながら、電力を無駄なく活用する実証が進んでいます。
4. 未利用エネルギー × マイニング × カーボンネガティブ
「究極の循環経済」構想
立岩 健二さん
立岩さんは、さらに踏み込んだ“循環型ソリューション”も紹介しました。キーワードは「未利用の再エネ」「排熱」「CO₂回収」「フードロス」です。
- 未利用の再エネ・系統混雑電力
- まず、これをマイニングに投入しビットコインを得る
- 同時に、マイニングマシンから約60℃の排熱が出る
- 排熱 × アクアポニックス
- 魚の陸上養殖と野菜の水耕栽培を組み合わせた「アクアポニックス」の温室に排熱を供給
- 冬場の暖房コストを削減し、野菜の成長を促進
- 排熱 × ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)
- 大気中のCO₂を吸着・脱着するDAC技術の熱源として排熱を活用
- 100%に近いCO₂回収を目指し、「カーボンネガティブ」を実現
- 回収したCO₂の使い道(農業 × 電解技術)
- 一部はアクアポニックスの温室に供給し、光合成を強化
- 一部は「溶融塩電解」的な仕組みで炭素と酸素に分解し、
条件次第ではダイヤモンド結晶として回収できる可能性もある
- フードウェイスト(生ごみ) × 昆虫 × 魚の餌
- 生ゴミを昆虫(幼虫)に分解させ、堆肥化
- 幼虫は魚の餌となり、アクアポニックスの循環の一部に組み込む
こうした要素を組み合わせると、インプットは
- 捨てられていた再エネ
- 空気中のCO₂
- 生ゴミ
アウトプットは
- ビットコイン(金融資産)
- 魚・野菜(食料)
- カーボンネガティブ
- 場合によってはダイヤモンド
という、「究極の循環経済」とも呼べるシステムになります。
「我々は“ビットコインで荒稼ぎ”したいのではなく、電力問題解決のために、たまたまビットコインマイニングが最適なツールだった」
立岩さんは、あくまで“電力会社発の解決策”であることを強調していました。
5. フレアガスからAIコンピューティングまで
5-1. ミッション:「クライメートにアラインしたコンピューティング」
大西 智敦さん
三井物産が出資する Crusoe Energy(クルーソー・エナジー) は、
「コンピューティング需要(ビットコインやAI)を、クライメートに調和したエネルギーで賄う」
ことをミッションに掲げる企業です。
背景には、
- IT/AIの爆発的な発展で、コンピューティング需要が急増
- それに伴い、データセンターの電力需要・環境負荷も急拡大
という構造的な問題があります。
5-2. フレアガス × マイニングという解決策
石油開発の現場では、
- 原油とともに「随伴ガス」が噴き出す
- パイプラインを敷くほどの量ではない、あるいは市場まで運べない
- 結果として、現場で“ただ燃やす(フレアリング)”ことが一般的
という状況が長年続いてきました。
クルーソーはここにマイニングを持ち込みます。
- フレアリングしていたガスを小型発電機で発電
- その電力を使って現場に設置したマイニング機器を動かす
- これまで「捨てていたエネルギー」が、ビットコインという収益源に変わる
ビジネス的にも、環境的にも合理的なモデルとして、北米を中心に評価されています。
5-3. 生成AIコンピューティングへの展開
さらに最近では、
- 生成AIが膨大な電力・GPUリソースを必要としている
- しかし、必ずしも都市部のデータセンターである必要はない
という認識も広がっています。
クルーソーのように、
- 「未利用エネルギーがある場所」に
- 「コンピューティング拠点(ビットコイン or AI)」を持ち込む
という発想は、ビットコインだけでなく、AIインフラにおいても有力な選択肢になりつつあります。
大西さんは、
「“もったいないエネルギー”は、世界中にまだまだたくさんある。それを価値に変える手段として、ビットコインは非常に相性が良い」
とまとめました。
6. 大企業の中で、どうやって「ビットコイン」を通すのか
6-1. 三井物産・大西さんの場合
三井物産の中でビットコイン事業を進める上で、大西さんが直面したのは、やはり「ビットコインかよ…」という反応でした。
- 「将来価格なんて誰も分からない」
- 「そもそもよく分からないから怖い」
という声が社内では当然のように上がります。
そこで大西さんは、
- ビットコイン価格を当てる話はしない
- 代わりに、「再エネ・未利用エネルギー活用」という観点での合理性を丁寧に説明
- マイニングが「電源開発やクライメート対策の新しいツール」であることを理解してもらう
というアプローチを取りました。
結果として、
- 価格リスクは残るが、「取り組む意味はある」という人が社内で徐々に増え
- 時間をかけて仲間を増やしながら、案件を前に進めている
というフェーズに来ています。
6-2. 東京電力・立岩さんの場合
東京電力は、言うまでもなく超巨大・超保守的な組織です。
「ビットコインなんかに手を出してはいけない」という声は、今でも社内に存在する
と立岩さんは率直に語ります。
それでも会社設立までこぎつけられたのは、
- 「目的は電力問題の解決」であることを一貫して訴え続けたこと
- ビットコインで“楽して儲ける”のではなく、再エネ大量導入・系統混雑という課題に向き合うソリューションとして位置づけたこと
- 4年かけて、粘り強く説得し続けたこと
に尽きるといいます。
「最後は、『正しいことをやっているのだから』という信念で押し切った部分もある」
ビットコインを軸にしているとはいえ、本質は「社会インフラのアップデート」の話である、という視点が印象的でした。
7. 中学生アドバイザーの視点
「余ったものを使う発想」が、これからの社会にフィットする
セッション中盤、立岩さんは突然、
「今日この会場で最年少だと思われる、アジャイルエナジーXの“非公式アドバイザー”を呼びたい」
と言い、中学1年生の 中村かいり君 を壇上に呼びました。
中村 かいり君(アジャイルエナジーX・非公式アドバイザー)
- 趣味は数学
- 海外大学のオンラインセミナーで立岩さんと出会い、アジャイルエナジーXの取り組みに興味を持ったことがきっかけ
彼はマイニングについて、こうコメントします。
「余ったものを使っていく、というアイデアが今の社会にすごく合っていると感じる。これをもっといろんなことに広げていけば、もっと大きなことにつながる可能性があると思う」
電力会社の「頭の固いおじさん」だけで議論しても、新しい発想は生まれにくい。だからこそ、こうした若い世代の視点も交えながら事業を磨いている――立岩さんは、そんな話も紹介していました。
8. 日本のマイニングのこれから
ステークホルダーを増やすことが、エコシステムを強くする
セッションの終盤で議論になったのは、「なぜアメリカではビットコインがここまで広がっているのか」というポイントです。
三原さん・立岩さんは、ともに
- アメリカでは、ビットコインマイニングがすでに“一大産業”
- 上場マイニング企業も多数存在し、そこを起点にエコシステムが回っている
- マイニング企業・電力会社・投資家・開発者といった多様なステークホルダーが存在している
ことを指摘します。
一方、日本では、
- 電気代が高く、資源国でもない
- 「マイニング=悪」というイメージもまだ根強い
- その結果、ステークホルダーがなかなか増えない
という構造的な課題があります。
しかし、群馬の小さな太陽光案件で掘ったビットコインを使い、
- 会場スタッフの入場券をライトニング決済で支払う(おそらく「日本の電力会社系として初」のライトニング決済)
といった、小さくても象徴的な一歩もすでに始まっています。
「マイニングを通じてステークホルダーが増えれば、ビットコインを理解し、プッシュする人も確実に増える」
エネルギー産業とビットコインマイニングの交差点には、
- 再エネの大量導入
- 未利用エネルギーの活用
- カーボンネガティブ技術
- 地方・途上国の電化
- そしてAIコンピューティング
といった、今後数十年を左右するテーマが詰まっています。
「ビットコインマイニング=環境に悪い」という単純な図式から一歩進み、電力システム・クライメート・インフラ投資の文脈で改めて捉え直す必要がある――このセッションは、そのことを強く示唆する内容でした。




