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ビットコインとWeb3をめぐる「温度差」と日本の課題 ―― ガラパゴス化を避けるために@Bitcoin Tokyo 2024

yutaro
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BTCインサイト編集長

公開日:9/1/2025

※本記事は、Bitcoin Tokyoによって公開されたYouTube動画 ビットコインとweb3をめぐる国内外の温度差:ガラパゴス化を回避するには の文字起こし&編集版です。

セッション導入

モデレーター:東 晃慈氏(Diamond Hands)

午前中のセッションの反応をSNSで見ていると、「もう少し踏み込んだ話を聞きたい」という声が多かった。そこでこのセッションでは、ビットコインとWeb3、日本とアメリカの違いといった、少し“踏み込んだ”テーマを扱っていきたい。

テーマ

「ビットコインとweb3をめぐる国内外の温度差:ガラパゴス化を回避するには」

スピーカー:松尾 真一郎氏のバックグラウンド

  • バージニア工科大学 / ジョージタウン大学 在籍。
  • 専門は暗号学。コンピュータサイエンスの研究教授。
  • 暗号プロトコルを長年研究。ビットコインプロトコルもその一種。
  • 最初の大きな仕事は、1990年代の日銀電子マネーの設計・実装。
  • 電子投票、タイムスタンプなど、暗号技術と通信を組み合わせる領域を幅広く手がけてきた。
  • 2017年に渡米し、ジョージタウン大学などでブロックチェーン研究センターを主宰。

松尾氏

私は暗号屋であり、経済学者ではない。その立場から今日の話をする。そして最初に強調したいのは、“Don’t trust, verify”というビットコインの標語は、このカンファレンスに登壇している私自身にも当てはまる、ということ。

私が言うことも含めて、鵜呑みにせず、自分で調べて考えてほしい。

ビットコインの何がそんなに「すごい」のか

1. 日銀電子マネーとの比較から見えるジャンプ

東氏

ビットコインとWeb3の話に入る前に、そもそも松尾さんにとって「ビットコインのどこが面白いのか」を聞きたい。

松尾氏

1990年代に、日銀とNTTが電子現金のプロジェクトをやっていた。

  • 日銀券(1万円札など)を、紙ではなく電子的に発行する構想
  • 日銀が“台帳”を一元的に持ち、銀行AのICカードウォレットに電子現金をチャージ
  • メール添付のような形で、対面不要のP2P送金もできた
  • 検閲耐性も部分的には実現できていた

しかし、致命的な弱点があった。利用者1→利用者2の送金の途中で通信エラーが起こると、「誰のものでもないコイン」が宙に浮いてしまう。コンピュータサイエンス的に“仕方がない”と諦められていたポイントだった。

サトシ・ナカモトのプロトコルが登場して、これが反転する。

  • 台帳を日銀だけでなく「みんなが持つ」形にした
  • その結果、通信エラーによる“宙に浮いたコイン”問題を解決
  • 中央管理者もいらない、検閲耐性の高い電子マネーができた

「これは負けた」と感じた暗号研究者は世界中にいたと思う。電子マネー研究の蓄積を飛び越える、大きなジャンプだった。この“ジャンプの大きさ”が、今でもビットコインの最大の魅力のひとつだと考えている。

2. ビットコインプロトコルの「美しさ」

松尾氏

  • 10分ブロックなど、各種パラメータのバランスが非常に良い
  • 台帳上は基本的に「足し算・引き算」だけを行う、シンプルな設計
  • やりたいこと(検閲耐性の高い価値移転)に対して、ほぼ完成形に近いプロトコル

一方で、「もっと多機能に」「もっと高性能に」と無理をし始めると、

  • 新たなトラステッドサードパーティ
  • 単一障害点(single point of failure)

がモグラ叩きのように次々と出てくる。

ビットコインは、

  • 「支払い」という用途にフォーカスし
  • 開発コミュニティ(Bitcoin Core)が非常に保守的で、セキュリティを最優先

という意味で、トレードオフをよく理解した上で“ストイックに”やっている。これが他の多くのプロジェクトとの本質的な違いだと思う。

東氏

「トラストレス」という言葉がひとり歩きしているが、松尾さんはこの用語自体を「マーケティング寄りで、ややミスリーディング」と見ている。

どこに何のトラストが残っているのか、本来はもっと精緻な議論が必要だという点は強く同意している。

アメリカの「ビットコイン熱」と政治のリアリティ

1. ETFやトランプ発言で“盛り上がっているように見える”アメリカ

東氏

ビットコインETFの承認、トランプのビットコイン寄り発言など、日本から見ていると「アメリカはビットコインで盛り上がっている」と感じる。実際のところはどうか。

松尾氏

まず「アメリカの〜」「ビットコインの〜」という主語は大きすぎる。

  • アメリカの中にも、民主党・共和党、東海岸・西海岸など、いくつもの“分断”がある
  • ビットコイン業界の中にも、ETFを歓迎するビジネス側と、ほとんど興味を持たないコア開発者側がいる

つまり「アメリカのビットコイン」は一枚岩ではない。

トランプがビットコインナッシュビルで演説をしたり、「アメリカはビットコインの中心になる」といった発言をしたりしているが、

  • 大統領選には膨大な選挙資金が必要
  • ビットコイン保有者や暗号資産ビジネスの人々は資金力がある
  • その票とお金を集めるための“リップサービス”という側面が強い

発言が、そのまま政策実行に直結するとは限らない。

むしろ重要なのは、

  • ホワイトハウス内の政策チーム
  • 個々の省庁・規制当局

が何を具体的に進めているかをウォッチすることだ。

2. アメリカの「政策の質」を支える仕組み

松尾氏

アメリカでは、二大政党制の下で政権交代が起こる前提で政治が設計されている。

そのため、

  • 各政党が複数のシンクタンクを持ち
  • そこで政策案・論点を磨き
  • 議会や公聴会で“ちゃんとした議論”をしないと法案が通らない

という構造がある。

ブロックチェーンや暗号資産に関する議論も、

  • ロビイスト
  • 業界団体
  • アカデミア
  • 元規制当局者

などが参加するクローズドな勉強会(例:ワシントンDCの「PGP for Crypto」)で、一定のレベルまで引き上げられてから公の場に出てくる。

日本のWeb3ブームと「議論の薄さ」

1. 「Web3とは何か」がそもそも不明瞭

東氏

日本では「Web3を国家戦略に」というスローガンが先行しているが、

  • Web3とは何なのか
  • どんな問題を解決するのか

が、議論として非常に曖昧なまま進んでいる印象が強い。

松尾氏

率直に言うと、「Web3が何か」はよく分からない。

  • デジタル庁のWeb3委員会
  • 経産省のWeb3関連の会合

にも関わっているが、それでも「これがWeb3だ」とは言い切れない。一言でまとめるなら「マーケティングワード」だと思う。

だからこそ、「Web3とはこうだ」と定義付けようとするよりも、そこで動いている技術・人材の中身にフォーカスした方が現実的だと考えている。

2. それでも「暗号技術に触る人が増えた」ことはポジティブ

松尾氏

ビットコイン以前、暗号技術は“日陰の技術”だった。

  • 暗号を研究していても、お金にならないと言われる
  • 一般のエンジニアが暗号プロトコルを実装する機会もほとんどなかった

ビットコイン以降、

  • 暗号技術に興味を持ち、実装するエンジニアが何万人も生まれた
  • Web3を標榜する人たちの中にも、電子署名やゼロ知識証明などを実際に扱っている人がいる

EUでは、電子IDウォレットで電子署名を日常的に使う世界が現実味を帯びている。そのとき、暗号技術を理解しているエンジニアが少ない国は、確実に不利になる。

トークンがどうこう以前に、「暗号技術者人口」の増加という観点では、Web3ブームにも一定の意味があると見ている。

日本とアメリカの「構造的な差」

1. 人材・エコシステムの厚みの違い

東氏

ビジネスサイドの人が技術も一定レベルで理解し、技術者がビジネスの話もできるような“ハイブリッド人材”はアメリカにはかなりいる。

日本は、

  • ビジネス側は「技術はよく分からない」
  • 技術側は「ビジネスは分からない」

という分断が大きく、全体としてレベル感に差があると感じる。

松尾氏

暗号資産・ブロックチェーンに限らず、デジタル全般でエコシステムの厚みが違う。

  • オープンソースに継続的にコントリビュートする文化
  • 大学〜政府機関〜産業界をつなぐ資金と人材の流れ

ここが大きい。

例として、ビットコインプロトコルのスケーリングを議論した「Scaling Bitcoin」カンファレンスを挙げると、

  • 2018年に日本開催(松尾氏がプログラムチェア)
  • 半年前から「日本からも発表を」と呼びかけたが、日本からの応募はゼロだった

ブロックチェーンに特化した話でなく、

  • リアルワールドクリプト(Real World Crypto)
  • Financial Cryptography
  • IETF(インターネット標準化会合)

といった場にも、日本からブロックチェーン関係者がほとんど来ない。「アメリカ人だけがビットコインを作っているわけではない」とはいえ、

  • 世界の土俵に出てくる人材の分布

を見れば、差はかなり大きい。

2. 研究開発から産業化までの「ストリーム」の有無

松尾氏

アメリカには、研究から産業化までの“ストリーム”がある。

  1. DARPAなどの政府機関が、比較的クローズドなインナーサークルで将来ビジョンを議論
  2. そこから大学・研究機関のテーマになり、政府の研究費(例:NSF)がつく
  3. そこで育った人材がスタートアップや産業界に流れる

暗号技術の世界では、NISTの暗号コンペティションが象徴的。

  • 世界中から暗号アルゴリズムを公募
  • コンペで勝ったものを連邦政府標準に採用
  • 特許は放棄させる

「アメリカで勝てば世界標準」になるように設計された仕組みがあり、そこに研究者・企業・政府が一体で乗っている。

日本には、この規模・スピード感で回るストリームは存在していない。これは単にブロックチェーン業界だけの話ではなく、デジタル全般における日米格差の根っこにある。

「税制さえ良ければ戦える」は本当か

東氏

日本の暗号資産業界では、「税制が悪いから日本は世界で戦えない。税さえ変われば勝てる」という議論がよくある。しかし、それには違和感がある。

松尾氏

税制は重要な要素のひとつだが、「それだけで世界と戦えるようになる」という物語は無理がある。

例えるなら、

  • サッカークラブの税金を優遇したからといって、いきなりクラブ世界一になれるわけではない
  • 中でプレーする選手のレベル、クラブ運営、育成システムなどが揃って初めて強くなる

ブロックチェーン業界も同じで、

  • 人材育成
  • 研究開発
  • 国際的な協働
  • 企業のガバナンスや資本投下

などを含めて“全部”底上げしなければならない。税はそのうちの一要素にすぎず、そこだけにフォーカスすると現実を見誤る。

日本はこれから何をすべきか

1. 「全部弱い」なら全部やるしかない

東氏

どこが弱いのかと聞かれて、感覚的には「全部」だと思っている。それでも、優先順位をつけるなら何から着手すべきか。

松尾氏

残念ながら「ここだけを直せば一気に良くなる」という特効薬はない。

  • 政策議論の質
  • 技術者の育成
  • アカデミアと産業界の接続
  • 国際会議への参加・発表

など、全部を真面目にやる必要がある。

個人的な立場から言えば、

  1. コンピュータサイエンス・暗号の人材育成
  2. 「日の丸ブロックチェーン」を作るのではなく、国際的なOSSコミュニティへの参加・協働

を重視したい。

2. 大学をハブにした「産官学の本気の連携」

松尾氏

アメリカの大学では、

  • 元ホワイトハウス高官
  • 現職の政策担当者

が大学に「回転ドア(Revolving door)」で出入りし、研究者・学生・規制当局・産業界をつなぐ役割を果たしている。

自身がいる研究センターでも、

  • NSFの資金で研究を行い
  • 日本企業や金融庁もパートナーとして関わる

といった体制を組んでいる。

日本でも、

  • 大学がハブとなり
  • サイファーパンク〜暗号戦争〜ビットコインまでつながる文脈を理解した人材
  • レギュレーター
  • 産業界

が本気で集まる場を作らなければ、レベルは上がらない。

サイファーパンクと「暗号戦争」からの宿題

松尾氏

ビットコインを理解するうえで、サイファーパンク運動と“暗号戦争”の歴史は避けて通れない。

  • 1990年代、暗号技術は「武器」と見なされ、アメリカから輸出禁止だった
  • サイファーパンクは、それをビジネスに使える技術として解放しようと闘った
  • その流れの中で、金融暗号を扱う国際会議「Financial Cryptography」が生まれた

現在、

  • エンドツーエンド暗号化メッセンジャーの規制
  • テロ対策とプライバシーのトレードオフ

といったテーマで、「第二次暗号戦争」が進行している。

ビットコインも、その文脈の中にある。10年後、20年後も同じ構図が繰り返されるだろう。だからこそ、歴史を知ることが重要だ。

おわりに:ガラパゴス化を避けるために

このセッションを通じて、

  • ビットコインとWeb3をめぐる「温度差」
  • アメリカと日本の構造的な差
  • 税制だけでは説明できない実力差
  • 人材育成と国際的な土俵への参加の重要性

が、かなり率直に語られた。

日本がガラパゴス化を避けるためには、

  • 「税が悪い」「規制が悪い」といった単純な物語から抜け出し
  • 暗号技術・ビットコイン・金融・政策・歴史を横断的に理解する人材を増やし
  • 世界の標準化・研究・OSSコミュニティという“本物の土俵”に出て行くこと

が欠かせない。

ビットコインを本気で捉えるとは、価格やETFの話だけでなく、

  • 暗号戦争の歴史
  • サイファーパンクの思想
  • プロトコル設計の美しさとトレードオフ

を踏まえて、長期的に向き合うことでもある。

その意味で、このセッションで提示された問いは、日本のビットコイン/Web3コミュニティに対する「長期の宿題」と言えるだろう。

カテゴリ:文字起こし

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